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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3652号 判決 1957年3月09日

原告 佐々木クミ 外一名

被告 佐藤ヒデ

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告クミと被告との間において原告が東京都杉並区阿佐谷一丁目七百十番地所在木造亜鉛葺平家建家屋一棟建坪十九坪五合につき、賃料一ケ月金六千円、毎月末日持参払、期間の定めのない賃借権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負損とする。」との判決、もし右請求が理由ないときは「原告敏子と被告との間において原告が右建物につき前記内容の賃借権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、原告クミは昭和二十五年九月一日被告から前記建物を賃料一ケ月金三千円(但し昭和二十六年一月以降は一ケ月金四千円)毎月末日持参払の約定で期間を定めず賃借し、昭和三十一年二月一日から賃料を一ケ月金六千円に合意増額したものであるが、同年四月二十一日被告に対し同月分の賃料を支払のため提供したところ、被告は訴外五十嵐長二に賃貸したと称してその受領を拒絶し、原告クミの賃貸権を争うからその確認を求める。

二、かりに五十嵐長二が右建物を賃借したものとしても、当時同人は原告クミ及び同敏子の婿養子であつて、右三名並びに原告敏子と長二との長女佐々木保江及び原告クミの内縁の夫で原告敏子の父である訴外土山直吉の五人が共同生活をするためこれを借り受けたものである。すなわち長二は右五名を構成員とする家団の代表機関として本件建物を賃借したものであるところ、同人は昭和三十一年二月頃本件建物から退去して他に住居を構え他の婦人と同棲して本件建物の占有を放棄し、次いで同年三月三十日原告等と協議離婚及び離縁をし右家団から脱退した。右のような建物賃貸借契約にあつては、契約当事者はいずれも家団構成員の集団占有を予期したものであつて、後日賃借名義人が欠けた場合にも構成員の占有権は喪失せず、家団の代表者の交替により契約が持続せられるものであつて、長二が前記のように本件家団から脱退した後は残存構成員のうち佐々木家の長老である原告クミにおいて賃借人となつたものである。

三、かりに原告クミが家団の代表者として賃借権を承継したものでないとすれば、原告敏子が代表機関であるべきであるから、同原告が賃借権を有するものである。

と述べ、立証として甲第一乃至第四号証、第五号証の一乃至三、第六号証の一乃至八を提出し、乙号証の成立を全部認めた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の事実中本件建物に五十嵐(もと佐々木)長二及び原告主張の身分関係を有する原告等合計五名が居住していたこと、昭和三十一年三月三十日原告主張のような離婚及び離縁がなされたこと及び長二が現在居住していないことは認めるが、その他の事実は全部否認する。被告は昭和二十五年八月三十日訴外佐々木長二に本件建物を賃貸したものであつて、原告等から賃料を受取つたことは一度もなく、昭和三十一年四月下旬原告等が賃借の申込をしたがこれを拒否したものであると答え、立証として乙第一乃至第四号証を提出し、甲第二証を除くその余の甲号証の成立を認め、同第三、第四号証を援用した。

理由

原告両名と訴外五十嵐長二及び土山直吉とがかつて原告主張の身分関係にあつたことは当事者間に争のないところであつて、この事実と成立に争のない乙第一乃至第三号証及び甲第五号証の一乃至三の記載の一部を合せて考えると次の事実が認められる。

訴外五十嵐長二は昭和十五年頃原告クミが各経営していたオリエンタル写真館に技術者として雇われ翌年七月頃原告等と婿養子縁組をしたが間もなく応召人隊したので、原告等はその後二年位右写真館経営にあたつた後、昭和二十年三月土山直吉と共に石川県小松市に疎開し、戦後も引続き同市に居住し何の職業にも従事していなかつた。

右長二は昭和二十四年八月復員して原告等の許に帰還したが、数日ならずして上京し知人を頼つて写真館に雇われるに至つたが、昭和二十五年八月独立して写真館を経営することとし、義兄野沢佐平に相談した結果、同人の紹介によりその知合であつた被告から同年九月上旬本件建物を賃料一ケ月金二千円で期間の定めなく賃借し多少の改造を施して同年十月頃からオリエンタル写真館の名を用いて写真館を開店したところ、前記土山直吉は同年十月頃原告等は同年十一月頃それぞれ上京して長二と同居し再び共同生活を初めるに至つた。右建物の賃借にあたつて長二から被告に金八万円及び洋服ダンス一個を権利金として交付されたが、右洋服ダンスは原告等が小松市において保管していたものであり、現金の大部分は原告等の手許から出されたものであつたし、右写真館に設備した撮影用の機械器具の内主要なものは前に営業用に使用し原告等が戦時中疎開してあつたものであつた。

前記甲第五号証の二、三中には、右認定に反し、本件建物の賃貸借契約は原告クミが上京の上みずから被告と交際して締結したものであつて、真実の賃借人が同原告であるに拘らず長二名義となつている理由は、契約の際被告が賃借名義人を男名義にして欲しいといつたためであるとの供述記載があるが、被告にとつては原告クミも長二も共に未知の間柄であり、原告クミに対して賃貸することに決定した後になお形式だけの賃借人を当時未知の長二とすることを希望する理由となるべき特段の事情も見当らないし、開業の場所として本件建物を選定し被告と折衝するに至つた経過についても右甲号証記載の供述内容は甚だあいまいであつて、この点に関する前記乙号各証のそれの明確なるに比すべくもない。従つて前段認定の事実に反する甲第五号証の記載は措信し難い。

以上認定したところから推せば、本件建物を賃借するに至つた目的はさきのオリエンタル写真館の営業再開にあり従つて営業用機械器具ももと佐々木家に属していたものを設備し、資金の少なからぬ部分も原告等から出されたことはおのずから明らかであるが、このことの故に被告との間の賃貸借契約の当事者が原告クミでなければならない筋合のものではなく、被告の相手方となつて契約を締結した長二が賃借人であるとみるのが相当である。故に原告クミの第一の主張は採用できない。

次に五十嵐(当時佐々木)長二の本件建物を賃借した目的が写真再開にあると同時原告等家族との共同生活をも目的としたものであることは前段認定の事実に徴し疑のないところであつて、この意味においては原告のいわゆる「家団の代表機関」として賃借人となつたと表現することはあやまりではない。而して貸貸人が原告等家族の「集団占有」を予期したであろうことは疑ない。然しながら、かかる賃貸借関係にあつても契約当事者が長二であることに変りなく原告等家族は長二の賃借権に基いて建物を占有使用するにすぎないものというべく、たとえ長二が本件建物に事実上居住しなくなつたからといつて、賃貸人たる被告との間において賃借人を欠くに至つたものでもなく、又原告等との離婚及び離縁によつて親族関係がなくなり共同生活関係が消滅したとしても、財産分与その他の行為によつて賃借権が原告両名のいずれかに移転しかつ賃貸人たる被告の承諾がない限り、原告主張のような家団代表者の交替による賃借人の交替を生ずるものと解することはできない。従つて原告クミの第二の主張及び原告敏子の予備的主張も共に理由なきものといわざるを得ない。

よつて原告等の請求をすべき棄却するものとし、民事訴訟法第八十九条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾)

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